2017年12月19日火曜日

擬態の謎を3Dプリンターで解き明かせ!〜キノコを真似た花を咲かせて、ハエをおびき寄せる蘭「ドラキュラ」のお話 〜


初めまして、普段はラボに閉じこもって共生の分子生物学的な研究をしていますが、趣味がフィールドワークってこともあり、生態学よりの論文を読むことも多いです。
この投稿は、今年読んだ一番好きな論文のエントリーとして書かれました。

はじめに

今回紹介する論文のタイトルは『Disentangling visual and olfactory signals in mushroom‐mimicking Dracula orchids using realistic three‐dimensional printed flowers、日本語に訳すと「3Dプリントした本物そっくりな花を使って、キノコに擬態する蘭”ドラキュラ”の視覚と嗅覚シグナルを紐解く」。まず、この論文のテーマ「擬態」について少し説明しよう。

1、擬態について

 擬態とは何か?この記事を書くにあたり定義をちょっと調べてみたら、「信号発信者が信号受信者の関心を持つ信号を発することによって、信号受信者を騙す現象(日高敏隆、1983)」とあった。

なるほど、わからん

 定義だけ書いても実感がわかないので、有名どころで例を挙げてみよう。まずはコノハチョウ。

思ったより木の葉感ない瞬間かも(2015年、西表島にて筆者撮影)
 鮮やかな表の模様と違い、裏の模様は木の葉そのもの。だから、森の中で羽を閉じて止まっていると、騙された敵には気づかれない。つまり「コノハチョウは、樹木の葉に擬態している」と言える。ここで知って欲しいのは両者の関係。この擬態という関係において、真似をされる木の葉は「モデル」であり、真似をするコノハチョウは「ミミック」と呼ばれる

 擬態の例をもう一つ。黒と青の蝶3種の写真(USAケンタッキー州にて、2014年筆者撮影)。このうち、有毒なのは1種だけ。捕食者が毒のあるものを避けた結果、似た模様を持つ無毒の種も生き残る。この例の場合、模様を真似されたのは、一番上のアオジャコウアゲハで、こいつは有毒。一番下のトラフアゲハ♀と真ん中のアメリカアオイチモンジは真似をしてるだけの無毒蝶である。だから、「トラフアゲハとアメリカアオイチモンジは、アオジャコウアゲハに擬態している」のである。つまり、「モデル」はアオジャコウアゲハで「ミミック」がトラフアゲハ&アメリカアオイチモンジなのがお分りいただけよう※1。
羽を広げるアオジャコウアゲハとトラフアゲハ♂

アメリカアオイチモンジ

トラフアゲハ♀

2、ドラキュラ※2

 ここまでに述べた例は、動物の「敵に食われないようにするための擬態」だが、今回紹介するエクアドル森林内に生息するラン”ドラキュラDoracula”の場合はちょっと違って「花粉を運んでもらうための擬態」である。花粉を媒介してもらうためにキノコに擬態して、ハエを騙す。こういう擬態もあるのだ。ここでは、キノコが「モデル」でドラキュラDoraculaが「ミミック」だ。 

 ところでこのドラキュラDoracula、花の作りが特殊(下写真、論文Fig.1より転載)


花びらのように見える場所はがく(Calyx、真ん中のペロンとしたやつが本来の花びらで「唇弁(Labellum」という。ドラキュラDoraculaは、この唇弁がキノコの傘をひっくり返したような形をしていて、しかもそいつはキノコのような匂いがする。そういうわけでドラキュラの花粉媒介はキノコに集まるショウジョウバエが担っているに違いないと言われていたのだが、そのことが証明されたのは比較的最近のことだった。とはいえ、こんな奇妙な色と形までしていて、匂いだけがハエをおびき寄せるわけではなかろう。では、いったい何がショウジョウバエを誘引するのか?この研究の面白いところは、その点を深く突っ込んだことにあるのだが、手法もなかなかに面白いものとなっている。

3、実験内容と結果

ざっくり要約すれば以下の4つ。図の解像度が微妙(そして著作権的にも怪しいかもしれないので、後で消すかも)なので気になる方は本文片手に読み比べてみてください(オープンアクセス)

I, 本物の花を匂いだけor見た目だけにしてみる(Fig. 2より転載)


問い:匂いのしない花はどうなる?
実験:透明な袋を花に被せて、匂いをシャットダウン(Visual only)
結果:ショウジョウバエはほとんど来なくなる

問い:花を隠して匂いだけにすると?(Scent only)
実験:布袋を花に被せて、匂いしか漏れないようにする。
結果:ショウジョウバエはほとんど来なくなる
匂いか見た目、どっちか片方だとハエは寄って来なくなることがわかる。

II,人工花を作り、比較(Fig. 3より転載)
 ユニークなのはここから。この研究チームは、なんとDプリンターを使って複雑な花の形をそっくりそのまま再現したのである。著者の一人、所属は「Visual art」専攻。どうやら視覚芸術の人までチームに引っ張り込んで再現したらしい。この人たち本気だ!すげえ!んで、匂いも本物の花から有機溶媒で抽出し、塗布している。
実際の実験は、写真のように形だけ(緑色のcontrol)VS 形と色(Visual only)それに、有機溶媒だけ塗った人工花(Solvent only)VS匂い抽出成分入りの溶媒を塗った人工花(Visual+ Scent)で比較している。


結果は本物の花には及ばないものの、見た目と匂い、両方似せた人工花が一番ショウジョウバエが寄ってきていることがわかる。

III,本物と人工花のキメラ(本物の唇弁やがくとくっつけた人工花を作成)(Fig. 4より転載)
花のどこの部分が、ショウジョウバエをおびき寄せるのに必要なのかを、本物の花をバラして、人工花と合体させるという実験。


本物の唇弁labbelumをつけた花の集まりが良さげですね。

IV,模様や色のパターンを変えた人工花(Fig. 6より転載)
ちょっと変わった模様をしていることに着目し、人工花の斑紋パターンを赤白の斑点、赤と白の縞模様、白のみ、赤のみの4つで比較を行っている(positive controlになぜ斑紋を再現した人工花ではなく本物の花を用いたのかはわからないけれど)。


斑点模様だと集まりがやや良いようです。

あともういくつか実験やっているのだが、細々しているので省略※3

まとめ

ショウジョウバエは匂い+見た目の両方でドラキュラの花におびき寄せられる。匂いだけでなく、花の斑紋パターンも重要。

最後に:感想とか

 やっていることそのものは、擬態の原因となる要素を丁寧に検証していくという単純なものではあるけれど、その過程に「生息地に足を運ぶ」「寄ってくるハエを数える」「花の模型を作成し、そっくりに色付けする」その一つ一つに膨大な時間と労力※4がつぎ込まれているのが見て取れて、想像しただけでもすごいなあとため息が出る。記事では省略したが、匂い成分をGC-MSで解析するなど、分子レベルから生態系レベルを網羅した、まさしく現代の博物学、素晴らしいの一言。
 擬態というのは、精巧に作り上げられた生物の形が絡んでくるため、模型を作るなんてことはなかなか難しかったのだが、3Dプリンターの普及で一気に進むんじゃないかという気がする。今後、この分野の発展に期待!

おまけ

研究チームが、YouTubeに研究風景&ドラキュラその他エクアドル森林内の生き物動画を上げている。なんというか、めっちゃ楽しそう。エクアドル行きたい。ヘラクレスオオカブト欲しい。

※2: 見た目が仰々しいのでドラキュラって名前がついたのだとか
※3: 随分端折ったけど、要点書いてるので許して(><)
※4: 今回の論文紹介のきっかけは、著者Policha氏の講演を拝聴したことだったのだが、講演で「生息地へは車では入れなくて、ロバに乗っていった」という話をしていて、そこまでやんのかすげぇな!と思った次第。

あとがき


 ここまで書いてふと気づいたことがある。このラン、分類的には全然違うけど、日本に生えるウマノスズクサ科のカンアオイによく似てませんかね?3方向に伸びるがく、控えめにひっそりと咲く花、送受粉に携わっているのはキノコ食のハエってめちゃくちゃ似てんじゃねえか!!!誰か3Dプリンター使ってカンアオイ擬態の研究やってみませんか?(完)

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